野球肩(投球障害)は投球動作に伴い、肩関節を構成する筋肉(ローテーターカフ)、関節包、靭帯(関節上腕靭帯)や関節唇(前上方/後上方)などの軟部組織に損傷を引き起こす疾患の総称です。広義には、上腕二頭筋長頭腱炎やSLAP損傷、小児、特に10歳~15歳に多いリトルリーガーズショルダーも含まれます。
- 1 1.概要
- 2 2.主な投球障害
- 2.1 ①肩峰下インピンジメント(→アーリーコッキング期)
- 2.2 ②烏口下インピンジメント(→加速期→ボールリリース期)
- 2.3 ③インターナルインピンジメント(→レイトコッキング期~加速期)
- 2.4 ④プーリーインピンジメント(→加速期→ボールリリース期)
- 2.5 ⑤腱板損傷(→とくにレイトコッキング期)
- 2.6 ⑥SLAP損傷(superior labrum anterior and posterior)(→レイトコッキング期~加速期)
- 2.7 ⑦ベネット骨棘(→ボールリリース期→減速期)
- 2.8 ⑧上腕骨近位骨端線離開(リトルリーガーズショルダー)(→レイトコッキング期~加速期~ボールリリース期)
- 2.9 ⑨肩関節不安定性
- 3 3.主な治療法
1.概要
投球動作は主に4つのフェーズから構成されます。
※説明中の投球側 :右上肢、右下肢
非投球側:左上肢、左下肢 とする
①ワインドアップ期(Windup phase)
投球側下肢を片足立位で安定させた状態で、非投球側股・膝関節を最大屈曲させる。両手はランナーがいない場合は頭上に大きく振りかぶる。(いわゆるワインドアップモーション)
②アーリーコッキング期(Early cocking phase)/③レートコッキング期(Late cocking phase)
最大屈曲した非投球側下肢(左下肢)を降ろしながら外転運動に移行する。その後地面につく少し前のタイミングで内転筋は遠心性収縮される。その後、非投球側下肢が着地(Foot plant)する。投球側の上肢は、胸郭を伸展しながら、肩甲骨面上を外転し、前腕は回内位から回外位へ、肩関節は内旋位から外旋位へ移行し、外転100度外旋90度のポジションでレートコッキング期に移行します。この時投球側股関節は外旋(大殿筋)から内旋(内転筋群)の回転力を加え、非投球側股関節は屈曲位となり、内転筋の作用により投球側からの外旋-内旋力を吸収しながらも、内転方向への運動を加えることで投球方向へのエネルギーに変換します。
④加速期(Acceleration phase)(ボールリリース期)
投球側肩関節を外転、最大外旋させた状態でボールをリリースします。レートコッキング期同様に、両股関節(特に内転内旋筋群)の共同運動が重要となります。胸郭はしっかり伸展されること、また肩甲骨は胸郭に対して上方回旋-内転-後傾位となることが重要です。
投球側上肢については、上腕骨外旋→内旋、前腕回内に加え、ゼロポジション(肩関節肩甲骨面での約150度外転位)からのリリースが最も重要となってきます。
⑤減速期(Deceleratiom phase)/⑥フォロースルー期(Follow through phase)
非投球側下肢を中心に股関節内転内旋運動が行われます。(投球側下肢も相対的に内転内旋位になり、内転筋群が主に使われる。)股関節~体幹周囲の安定性が重要となり、投球側下肢で前方へ蹴りだし、その安定性のもと重心が非投球側下肢に移動します。
2.主な投球障害
①肩峰下インピンジメント(→アーリーコッキング期)
テイクバック動作によるスムースな肩関節の伸展・外転時ができず、前腕の過剰な回内動作、肩関節の過剰な伸展外転(水平外転)動作になると、棘上筋が肩峰と肩峰下滑液包との間で衝突(インピンジメント)し挟み込まれることで、発症します。結果的に肩峰下滑液包炎や棘上筋腱損傷の原因にもなります。
②烏口下インピンジメント(→加速期→ボールリリース期)
ボールリリースからフォロースルーの際に、胸椎の伸展および肩甲骨の上方回旋後傾内転ができていないと肩甲上腕関節は過剰に水平外転された位置からリリースされることになり、これが上腕骨の前上方変位を起こすことで、烏口下でインピンジメントする原因となります。
③インターナルインピンジメント(→レイトコッキング期~加速期)
いわゆるトップの位置では、肩関節は屈曲外転外旋強制位になるが、この運動が過剰に引き起こされることで、特に棘下筋などが関節窩に挟み込まれることで発症します。胸郭の可動性不足を上腕骨の過剰な外転外旋で代償することもその原因となります。
④プーリーインピンジメント(→加速期→ボールリリース期)
フォロースルー時の肩関節は、水平内転・内旋動作となっているが、これらが過剰であったり、体重が後方に残ったままであると、上腕二頭筋長頭腱などの組織に牽引+回旋ストレスが加わり発症します。この動作で上腕骨は全上方に変位しやすく結果的に、烏口肩峰アーチの前方部でインピンジメントが起こります。
⑤腱板損傷(→とくにレイトコッキング期)
詳細は「腱板損傷」の項目をご参照(クリック)
⑥SLAP損傷(superior labrum anterior and posterior)(→レイトコッキング期~加速期)
肩関節の関節唇損傷に分類され特に上部関節唇損傷がSLAP損傷にあたる。SLAP損傷は4つに分類される。
タイプⅠ:関節唇辺縁が擦り切れた状態
タイプⅡ:上方関節唇の損傷と上腕二頭筋の剝離が起きた状態
タイプⅢ:関節唇がバケツの柄様に剝がれてしまった状態
タイプⅣ:関節唇がバケツの柄様に剝がれ,上腕二頭筋腱にまで損傷が及んでしまった状態
いずれのタイプでも、投球時のテイクバック~最大外転外旋時(レートコッキング期)に、上部関節唇には捻じれと伸張の負荷が加わることで発生する。
タイプⅢ,Ⅳは、関節唇の修復が難しく、観血的治療(手術療法)がなされることが多い。
⑦ベネット骨棘(→ボールリリース期→減速期)
プーリーインピンジメントと同様に、フォロースルー時の肩関節は、水平内転・内旋動作となっているが、これらが過剰であったり、体重が後方に残ったままであった場合などに、上腕三頭筋や三角筋後部線維に牽引ストレスが生じ、その結果、関節窩後方の三角筋付着部に牽引性骨棘を生じます。
⑧上腕骨近位骨端線離開(リトルリーガーズショルダー)(→レイトコッキング期~加速期~ボールリリース期)
小学生などの野球少年に生じる。加速期~フォロースルー期で肩関節は、最大外旋外転位から急速に内旋+水平内転位に移行するが、これが上腕骨近位の骨端成長軟骨に捻じれと張力が作用して、骨端軟骨に成長障害をきたします。
画像診断等の整形外科医の診断と投球禁止(約1~2か月)が必要です。
⑨肩関節不安定性
先天的に関節周囲の組織(関節包や靭帯組織)などの結合組織(繊維組織)の剛性がなく、正常可動域を超えて関節が運動するものと、脱臼などの受傷後に二次的に生じるもの(反復性脱臼など)があります。
3.主な治療法
①肩関節周囲の筋膜・関節包・靭帯リリース
②関節運動学的治療アプローチ:AKT/AKTR
→肩関節を中心に胸椎/肋骨/腰椎や股関節などのアライメントの修正
③投球動作トレーニング(肩関節に負担のない投球動作指導)
→運動連鎖に基づいたアプローチ
④可動域低下関節の可動域増大訓練・弱化筋強化
⑤ファンクショナルトレーニング(特に体幹と股関節のクロスモーション重視)
※腱板断裂、SLAP損傷、リトルリーガーズショルダーが疑われる場合は、整形外科受診を打診させていただくこともあります。
上記の通り、ひとくちに投球障害と言っても様々な傷病名やその症状があります。ただしこれらには上記に記載したようにその障害が起こりやすい動作(投球フォーム)があり、まずは来院初日に問診の段階で、原因となる動作、損傷が起きている組織の確認をフォームチェック、整形外科テスト、可動域テスト等で確認します。
あとは、各組織、筋肉・関節包・靭帯などの軟部組織が原因の場合には、リリース法を軸に施術していきます。
肩関節のアライメント不良が合併する場合には、AKT法を使って解消させていきます。特にこのAKT(AKTR)法では、関節運動学に基づきながら、骨格の正しい運動方向へアジャストしていく治療法となっており、微妙な関節のずれ(特に上腕骨頭の前上方変位など)を解消することは、投球時の痛みを解消させる上で最も重要になってきます。
また、肩関節にとどまらず、胸椎や肋骨、股関節をはじめ、全体のアライメント、バランスを調整することも、投球障害痛解消にはかなり重要な項目になってくるため、全身の状態を細かくみて施術していきます。
そして、施術の最後に、フォームチェック及び、痛みの出にくいフォーム、可動域訓練を選手1人1人に合わせてオリジナルメニューを作成したうえでアドバイスさせていただきます。
当院では、痛めにくいフォーム=その人に合った身体の使い方(フォーム指導)も行っております。あくまで身体運動上の個性や、指導者の方の方針に沿ったうえで、「ここはこうしたほうが痛めにくい」という視点でアドバイスをさせていただいております。
特に肩に痛みがない方でも、「フォームだけ修正してほしい」というようなご相談も随時お受けいたしております。
とくやま徒手療法研究所・施術院