一昔前、風邪で休んだら「干された」

  • 2022年8月3日
  • 2022年10月8日
  • 思想
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昔、風邪で部活や会社を休んだら「干された」とういことはよく聞いた話であると思います。

「健康管理がなっていない。」「体力がない。」「責任感がない」などの理由で部活でレギュラーを外されたり、仕事の担当を外されたり、あるいはチームメイトや社内の人からバカにされたりといった話は、どこの何の集団でもよく聞いた話ではないでしょうか。

ぼく自身も、学生時代はずっと硬式野球をやっていましたが、「風邪で熱があってもで練習を休んではいけない。」という(監督や先生が言っていたわけではないが)変な暗黙のルールがあり、実際みんな少し体調がわるくても、青い顔をして練習に参加することが当たり前の雰囲気になっていました。そんなぼくもチームに在籍4年間で2度ほど体調を崩してしまいましたが、熱があるのに練習や試合に参加したことがあります。そして、ぼく自身も少なからず「風邪で休むのは恥だ。」と思っていたので、必死で体調管理に気を使っていました。

これを良い意味でとらえれば、「選手たるもの普段から相手と勝負する丈夫な体を構築しなさい」とか「健康管理に気をつけなさい」という剛健な教えとも捉えられるものですが、とはいえ、「熱(症状)があるのに無理に出てきて自分が重症化するだけでなく、周りの人にも感染させてしまうのでは?」と当時は子供(学生)ながらに思ったものでした。

いま、例の流行病では「無症状でも感染する」ということが突然問題視されるようになりました。そもそも無症状感染とは後から作られたとことばで、正式な言い方をするなら「不顕性感染」というものになろうかと思いますが、「不顕性感染」とは、病原体が宿主(人間や動物)の細胞の中に侵入して増殖あるいは定着したにもかかわらず、宿主側の免疫におされて、症状を発生させるほどの増殖にいたらなかったという状態を表します。違う言い方をすると、宿主は確かに病原体に暴露されたが、体内に症状を発症するほどの多くの病原体を所持していないということにもなります。

しかしそんな「不顕性感染状態:体内に所持しているウイルスがごくわずかの状態」でも他に症状を発症させるほどの感染力がある(ウイルスを排出する)と、あるときから突然言われだしました。

ところで、この2年間で「自粛警察」「マスク警察」「ワクチン警察」なる方々が増えました。
外出などを自粛しない人、マスクを着けていない人、ワクチンを打っていない人をさらしあげて、厳しく断罪する方々のことです。この方たちのこういった言動の裏には、「こんな感染症が流行って大変なのに、なぜあいつは外出しているのか、店の営業をしているのか、なぜマスクをつけていないのか、なぜワクチンを接種しないのか、自分はこんなにも感染対策に努めているのに」といった、怒りの感情からくる「正義感」が隠されているのではないかとおもいます。

今回の流行病に対する考え方の是非についてはここでは省略しますが、この方々がお持ちの「正義感」について、ぼくは当初より少し疑問を抱いております。なにが疑問かというと、この方たちが他に対して一片の迷いもなく強力な同調圧力を仕掛け、行動を制限し、「自分は常に正しいことをしていて、あいつは自粛していないから間違っている。罰しないといけない。」という思考や行為が純粋な「正義感」というよりも非常に強い「攻撃(性)」に感じるからです。

少し話は変わりますが、日本では毎年「約10万人:1日300人」の方が「肺炎」でおなくなりになってしまいますが、この方たちは何も最初から「肺炎」という重症化した状態になるわけではありません。何らかの要因で免疫が低下したところに、風邪ウイルスや細菌、マイコプラズマなどの病原体が体内に入り、そこから免疫細胞で対応しきれずに、運悪く「肺炎」という重症化した状態になってしまうというのがほとんどです。

決してなくなる人数の多い少ないでその疾患に対する重要度(警戒度)を決めるべきではありませんし、それが「肺炎」だろうと「がん」だろうと「その他の疾患」だろうと、あるいは「不慮の事故」だろうと、またそれが「小さい子供」だろう「青年」だろうと「ご高齢者」だろうと、原因や老若男女で分類して「なくなる」ことに対しての重さの度合いを決めるべきではありません。(命の重みを他人が分類すべきではありません。)

しかしながら、この「肺炎で10万人」という数字はかなりのインパクトがあると個人的には考えております。しかもその多くがいわゆる「ふつうの風邪をこじらせて」ということが引き金になるのでそのインパクトはさらに大です。
(ちなみに念のために言っておきますが、今の流行病では肺炎などに比べてなくなっている人数が少ないので大したウイルスではない。とかを言っているわけでは決してありません。)

文頭で、「昔は風邪でも休めなかった」という話題を紹介しましたが、これは何も私だけでなく、多くの方がこれまでに一度は経験されたことがあるのではないでしょうか。風邪(程度)で休んだりしたら、次の日からレギュラーを外されたり、会社で担当を外されたり、周りから「さぼり」とか言われたりした経験のある方もいるのではないでしょうか。

そしてあくまでも推測ですが、今「自粛警察」をご担当されている方々の中にも、当時は「風邪をひいて熱があっても学校や会社を休まなかった」経験があったり、逆に「風邪で休んでいる人に対して、ちょっと体調が悪いくらいで休んだことを批判」したり、「風邪で休んだ人に不当な待遇」をしたことのある方もいたのではないでしょうか。

もしいまの流行病が、「不顕性感染者」でも他人に症状を発するほどの感染力が仮にあるとすれば、それは旧型コロナ、インフルエンザ、アデノ、ロタ、ライノ、ノロなどのウイルス、肺炎球菌や大腸菌などの細菌、他にもマイコプラズマ、リケッチア、真菌、原虫など様々な病原体でも十分起こりえることであり、むしろ今回の新型コ〇ナにのみ無症状感染させる感染力があるという方が不自然であると思います。

そうなると、私たちはこれまで生活してきた中で気づかないうちに多くのウイルスや細菌にに無症状感染(不顕性感染)し、その都度多くの病原体を知らない間にたくさんの方(他人)にうつしてきた可能性があることになります。そしてもしかしたら、それ(無症状感染)が原因となり自分以外の誰かが「肺炎」などの重症化につながってしまったということもあったかもしれません。

(ただしこれらは先ほども記載した通り、仮に無症状感染という定義が成立したらという前提でのはなしです。)

そして、もし「自粛警察」の方々にもその自覚があるのなら、その方々が行っている「自粛警察行為」は少なくとも「正義感」から生じるものではなく、これまでの人生において自分も他に無症状感染させたことがあったかもしれないという自覚から生じる「罪悪感」になるはずであり、過去に対する「罪悪感」を持ち続けた上で、現在の流行病の拡大に危機感を持ち、他人の行動を抑制する「自粛警察」となっているのであれば、それはある意味「真の正義(感)」なのかもしれません。

P.S.
大阪府などを中心に「高齢者の外出自粛要請」がだされました。
ご高齢の方は、ウイルスに対する抵抗力などの基礎免疫力が低下していることが多いためというのが名目のようです。しかし、ご高齢の方に行動自粛など強制したら、運動機能はじめ種々の機能が一気に低下するとおもっています(急激にフレイルに陥りやすくなる)。
「お年寄りにうつさないため」とか、聞こえのいいこと(正義)を言って、ご高齢者の行動をご本人の意思に反して抑制(強制)しないで頂きたいです。

※現段階で持病や何か症状のある方やご高齢の方がご自身で判断され自粛されているのであれば、何の問題もないです。

一個人の行動(人生)を本人の意に反して他が制限(強制)していることが何よりの問題です。それが特に人生の後半に差し掛かっているご高齢の方にとってはなおさらであるとおもいます。

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